日産自動車でCOO(最高執行責任者)を務め、2015年から産業革新機構(現INCJ)の会長を務めている志賀俊之さんのインタビューを2回にわたってお届けいたします。
第2回となる今回は、グローバル化と今後の日本社会について。
「グローバル社会で日本人が活躍するために必要な資質」を志賀さんはどのように捉えているのかを伺うことができました。
第1回「『何かを伝えたい』という気持ちが英語を上達させる」はこちらから↓
「言いたいことを言えない現状が日本人をどんどん不利にする」
English Study Cafe編集部 (以下、ESC):日産はルノーとの提携を機に、急速にグローバル化が進んでいったのではないかと思うのですが、その最中で志賀さんが感じ取られたことはどのようなことでしょうか?
志賀俊之さん(以下、志賀):いわゆる日本的経営から、グローバルマネジメントへと変化していく中で、日本人の語学への課題が非常によく見えるようになりました。
ESC:日本的経営とグローバルマネジメントの違いはどのようなことでしょうか?
志賀:日本的経営というのは何をするにしても、日本が中心の経営のことです。
海外に事業会社を持っていたとしても、日本人がトップとして派遣されていて、日本人が中心となってインターナショナルに仕事しているというような経営体制です。
一方で、グローバルというのはglobe「球」のことですから、地球儀の考え方なのですよ。
地球儀においては日本が中心ではありません。くるっと回せば、どこが中心になるかはわかりませんから。
要するに、グローバルなビジネスの仕方というのは、どこかの国が中心ではなく、マーケットが中心となるということなのです。
日本的経営は、日本が中心の平面の地図、グローバルマネジメントはどの国も中心ではない地球儀のイメージです。
ESC:日本が中心となる平面の地図と、どこの国も中心ではない地球儀。とてもわかりやすい考え方ですね。
志賀:それぞれのマーケットでお客様のニーズがどれくらい理解できて、そのニーズに合った商品がどれだけ提供できるかというのが、グローバルなビジネスといえます。
だから、ユニリーバやP&Gのような真のグローバル企業というのは、どこの国の会社かわからないくらいに、グローバル化が進んでいるのです。
ESC:そのグローバル化がどのように日本人の語学への課題を露呈させたのでしょうか?
志賀:グローバル化が進むというのは、日本人が特権的ではない経営体制化が進むということにもなります。
日本人が海外の会社にトップとして派遣されるのではなく、海外の人と同等の立場で一緒に働かなければいけなくなるわけですよ。
そのときに、日本人が不利になる原因はやはり語学にあるわけです。
ESC:実際に仕事をするときに、語学が日本人の障害になっているのですね。
志賀:はい。グローバルタレントマネジメントといって、国籍に関係なく優秀な人材を積極的に登用するマネジメント体制になっていくと、日本人はどんどん埋没していってしまいます。
だから世界中の有名な会社のCOOがどんどんインド人に変わっていくわけですよ。
「自分で言いたいことが言えない」という状況は、やはりグローバルに活躍していくうえで非常に不利になってしまいますね。
ESC:こういった現状を打開していくためには、今後どうしていけばよいのでしょうか?
志賀:日本語だけで完結するような仕事はどんどん減ってきている中で、「英語は苦手だからやらない」という選択をしてしまうと、企業の成長や成功のチャンスは狭まっていってしまいます。
ですから、英語の勉強をされている方は、英語のことをあんまり難しく考えすぎないで、「とりあえず英語を話したり聞いたりしてみよう」とまずはチャレンジをしてほしいです。
ひたすら聞いて、話して勉強する。子供が言語を学ぶのと同じように、とりあえず英語を耳で聞いてみる。
そういったことを通して言語を覚えていってください。
ESC:日本人は英語を勉強するときに、日本語を英語に翻訳してから話すというクセがついている方が多いので、英語をスムーズに話せなくなっていますよね。
そのクセを治すためにも、英語を耳から覚えていくということが大切なのですね。
志賀:はい。英語がとっても苦手な人には、私が中国語やインドネシア語を覚えたように、「一旦、第二外国語を勉強してみなよ」とアドバイスしています(笑)。
第二外国語は文法から学ばないことが多いので、翻訳するというプロセスを伴わないわけです。
翻訳しないで外国語を話すという感覚をつかむと自然と英語のスピーキングも身についてきますから。
「即興型ディベートで英語力を鍛える」
ESC:今後日本人に必要になってくるのはどのような英語教育だとお考えですか?
志賀:日本人の課題として挙げられるのが、英語でのディベートの弱さですね。
私は英語の即興型ディベート(パーラメンタリーディベート)を高校教育に浸透させることも支援しているのですが、この即興型ディベートこそ、日本人の課題を克服するために必要だと感じています。
即興型ディベートとは、あるお題に対して賛成派、反対派に分かれて15分の準備をしてからディベートをするというものです。
なぜ英語の即興型ディベートが必要かというと、理由は3つあります。
1つ目の理由は、反論する力をつけるためです。
日本人は人が言った意見にあまり反論しません。欧米では、小学生からディベートの教育を受けているので、みんな人の意見に対して自分の意見を持っているのです。
日本では子供の頃から人と違う意見を言うと「空気が読めない」とか、「協調性がない」とか、そういう否定的な目で見られる環境ができあがっています。
子供の頃から、ディベートの教育を受けることで、人の意見に賛成したり、反対したりする力をつける必要があると思います。
2つ目の理由はシンプルで、英語を使って人の意見に対して自分の意見を言うスキルをつけるためです。
3つ目は、即興型ディベートをするために、普段から知識や情報を収集する習慣が身につくからです。
即興型ディベートは、お題が発表されてから15分で準備しなければいけないですから、普段から勉強をしておかないとついていけないわけですよ。
「イギリスはEUを離脱すべきか」「死刑制度は廃止すべきか」のようなお題に関してディベートするためには、15分だけでは到底準備できないので、普段から情報収集をして自分なりの考えを持っておかなければいけないのです。
ESC:確かに、即興型ディベートは日本人にとって課題とされる、英語で議論する力を強化するための良い方法ですね。
志賀:はい。即興型ディベートを始めると、英語が苦手な子でも、どんどん英語を話せるようになってきます。
「まずは一歩踏み出す勇気が大切」
ESC:現在、志賀さんはINCJの会長として、さまざまな企業に投資をされていると思うのですが、これからの日本の強みについてはどうお考えですか?
志賀:アメリカではGAFAみたいな巨大デジタル企業が出てきて、日本はデジタルの分野で後れを取ってきていますよね。以前のようにモノづくりの強かった日本ではなくなってきてしまいました。
ただ、私が思うのは、「デジタル時代の競争に負けた」と言ってあきらめる必要はないと思います。
というのも、アメリカの大きな企業はソフトウェアを作っている会社が多いですけど、ソフトウェアだけではものを動かすことはできません。
日本はハードウェアを作るのにはまだまだ強みがありますから、そこをうまく活かしながら、AIやIoT、ビックデータと融合させていければ、日本にもまだまだ勝算はあると思います。
ただ、そういう形でグローバルなマーケットの中で戦っていくためにも、やはり言語が大切になります。
「英語が苦手だから」といって逃げていては、世界で勝てるようにはなりません。
ESC:国際競争で勝つために身につけていかなければならない日本人の資質についてはどのようにお考えですか?
志賀:やはり語学力は必要ですね。それに加えて、一歩前に出る勇気が必要です。
日本人は外国人と話しているとき、どうしても遠慮や忖度が働いて、なかなかまともに話せません。
それに対して、海外の人と話していると、ビックリするくらい素直に自分の思っていることを伝えてきますから。
言いたいことが言えないという点で、日本人はすごく損をしていると思います。
ESC:最後に英語学習者の方に、メッセージをお願いしてもよろしいでしょうか。
志賀:とにかく英語が苦手だと思わないで、興味のあるところから始めてください。
音楽が好きなら音楽を聴きながら、映画が好きなら映画を見ながら。とにかく興味の持てることから肩肘張らずに英語を勉強してほしいですね。
英語でコミュニケーションをとりたいという気持ちを大事にして、勉強を頑張ってください。
おわりに
2回にわたってお届けした今回のインタビュー。いかがだったでしょうか?
日産自動車で、グローバルなマーケットを相手にビジネスをしてこられた志賀俊之さん。そんな志賀さんの経験から語られる語学に対する考え方は、語学学習の本質を突いたものでした。
さらに、語学でもビジネスでも、新たなことにチャレンジする志賀さんのフットワークの軽さは、グローバルマーケットに出て戦うビジネスパーソンにとって必要不可欠だと強く感じました。
まずは、勇気を出して飛び込んでみる。ここから、すべてがはじまるのです。
プロフィール
志賀俊之(しが・としゆき)/株式会社INCJ 代表取締役会長
1976年、大阪府立大学経済学部卒業。同年、日産自動車入社。2000年に常務執行役員。2005年よりCOO(最高執行責任者)に就任。2013年11月副会長に就任。2015年、産業革新機構会長に就任。その後、日産自動車取締役副会長を退任し取締役となり、2019年に退任。2018年9月、株式会社産業革新機構から新設分割により株式会社INCJが新設され、現在は株式会社INCJの代表取締役会長を務める。